新潟青陵大学福祉心理子ども学部社会福祉学科3年生白澤杏純(しらさわ あずみ)さんが、インターンシップで2日間COMETの活動に参加しました。
夏休み前、白澤さんから「いろいろなフリースクールのHPを見て、学習支援と体験活動の機会のバランスが良いと感じられたので、ぜひ夏休みを利用して神奈川に伺い、COMETセミナーで不登校支援の様子を見学させていただきたい」という連絡をいただきました。
そして先日、お盆休み明けの2日間、一緒にCOMETで過ごすことができました。短い時間ではありましたが、白澤さんの真摯な思いや、子ども達と「今」を大切に接する様子に私たちも学ぶことが多かったです。「誰一人取り残さない教育」を目指す仲間として、こうして学生の時から行動している方の存在は心強く、この出会いはとても嬉しものでした。
そんな白澤さんからメッセージを寄せていただきました。ご自身の体験、志していること、そしてCOMETセミナーで感じたことなどを丁寧に書いていただいています。今、不登校で悩んでいたり、迷っているお子さんや、それを見守っている保護者の方に読んでいただきたいメッセージです。
以下、白澤さんの文章です。
『 初めまして。新潟青陵大学福祉心理子ども学部社会福祉学科3年の白澤杏純と申します。私は中学生の頃、不登校を経験しました。そして現在は、不登校や生きづらさを抱える子どもたちの支援に携わりたいという夢を持っています。
私が学校へ行くことが難しくなったきっかけは、中学1年生の頃の友人関係のトラブルでした。学校へ行くことが次第に億劫になり、母と「夏休みが終わったらちゃんと学校へ行く」と約束したものの、教室へ戻ることはできませんでした。その後、しばらくは保健室や相談室への登校をしていました。しかし、クラスメイトに会うことへの恐怖があり、それさえも次第に苦痛になっていきました。この頃から、過敏性腸症候群もひどくなりました。今振り返ると、私は自分が思っていた以上に追い詰められていたのだと思います。
私がフリースクールに通い始めたのは、中学2年生の秋頃でした。不登校になってからすぐにフリースクールへ通わなかったのには、母の思いがありました。後から聞いた話ですが、母は「フリースクールに通い始めたら学校へ行かなくなるかもしれない」「甘えられる環境に慣れて、そこにしか通わなくなる子もいるらしい」と悩んでいたそうです。当時の母は、いつか私が教室に復帰して、以前と同じように学校へ通えるようになる未来を考えていたのだと思います。
しかし、私自身はもう、その段階をとうに超えていました。母と私の間には、「学校に戻れるかどうか」ということについて、大きな認識の差があったのだと思います。だから今の私は、結論から言えば、「もっと早くフリースクールに通いたかった」と思っています。
フリースクールには、私と似たような境遇の子どもたちがいました。そして、学校の先生とは違う「大人」がいました。そこにいる子どもたちは、みんなそれぞれ何かを抱えていました。でも、だからこそ、「そういうこともあるよね」と受け止め合えるような、独特の仲間意識がありました。その雰囲気が私は好きでした。そこでできた友達の存在も、人生においてとても大きかったです。
また、フリースクールの先生方との出会いも、私にとって大きな意味を持つものでした。今でも当時の先生方とは交流があります。当時の私にとって、先生方は「こんな大人になりたい」と思える、数少ない大人でした。学校では、みんなと同じ授業を同じペースで受けることが当たり前でした。
しかし、学力にも差が生まれていた私にとって、それを続けることは決して簡単なことではありませんでした。中学3年生からは親とも相談し、高校受験に向けて、自分のペースで勉強する必要がありました。抜け落ちている教科もたくさんあったため、学校ではなくフリースクールに通うことを生活のベースにして、受験に向けて勉強を進めました。
そして、今の自分が大学へ進学していることも、当時の私には想像できませんでした。不登校になった当時は、親との関係がこじれてしまった時期もあり、学校の先生のことも好きではありませんでした。毎朝、「今日は学校に行けるの?」「昨日は行けるって言っていたのに」というやり取りが日常になり、私も母も疲れていきました。
弱い立場に置かれた子どもたちの気持ちを受け止め、そばにいて、支えてくれる。そんな先生方の姿を見て、私もいつか子どもたちを支えられる大人になりたいと思うようになりました。それが、現在の進路につながっています。不登校だった頃の私は、自分が将来大学へ行くことも、誰かを支える側になることも想像していませんでした。
けれど、フリースクールで出会った人たちや経験が、少しずつ私の「これから」をつくってくれました。今の私が大学で社会福祉を学び、将来は不登校や生きづらさを抱える子どもたちの支援に携わりたいと思えているのは、あの頃にフリースクールと、そこで出会った人たちがいてくれたからだと思っています。弱い立場に置かれた子どもたちの気持ちを受け止め、そばにいて、支えてくれる。そんなフリースクールの先生方の姿を見て、私もいつか子どもたちを支えられる大人になりたいと思うようになりました。それが、現在の進路につながっています。不登校だった頃の私は、自分が将来大学へ行くことも、誰かを支える側になることも想像していませんでした。
今回、私は横浜にあるフリースクール「コメットセミナー」で、2日間のインターン(見学)をさせていただきました。実際にコメットで過ごしてみて、まず印象に残ったのは、子どもたちが初対面の私にもたくさん笑顔を見せてくれたことです。もちろん、子どもたちがもともと持っている明るさや個性もあると思います。
しかし、初めて会う大人に対して自然に笑顔を見せたり、安心して過ごしたりすることができるのは、普段から周りにいる大人との間に信頼関係があるからこそなのではないかと感じました。私自身、不登校だった頃には「大人に会いたくない」「人に会うのが怖い」と感じていた時期がありました。だからこそ、コメットの子どもたちが安心して大人と関わっている姿を見て、子どもが安心して過ごせる環境をつくることの大切さを改めて感じました。
また、コメットでは、子どもたち一人ひとりの個性や性格を先生方がよく把握していることも印象的でした。それぞれの子どもの特徴や状況を理解したうえで、その子に合った進路を一緒に考えようとされていました。勉強についても、子どもたちの学習進度に合わせた教材が用意されており、一人ひとりのペースに合わせて学ぶことができる環境が整えられていました。母体が学習塾であるからこそできる学習面でのサポートは、コメットならではの強みだと感じました。
さらに、コメットでは勉強だけではなく、運動の時間があったり、子どもたちがさまざまな体験をできるようなイベントが企画されていたりと、学校に行けないことで生じる「体験格差」を少しでも埋められるような取り組みが多くありました。私がインターンに参加したタイミングでは見ることができず残念でしたが、子どもたち自身でバンドを組み、ライブをする機会もあるそうです。こうした活動を通して、ただ「学校に行けない子どもを受け入れる場所」というだけではなく、子どもたちがさまざまな経験をし、自分の興味や可能性を広げていける場所になっているのだと感じました。
自分自身がかつてフリースクールに通っていたからこそ、子どもたちが安心して過ごせる環境があること、そしてその中で勉強やさまざまな体験に挑戦できることの意味を、より強く感じることができました。』